小木人形

MENU

スタッフブログ

  • mixiチェック

小木人形 戦国武将の兜に込めれた意味を知る 直江兼続公

■2018/04/14 小木人形 戦国武将の兜に込めれた意味を知る 直江兼続公
戦国時代に活躍した武将の兜をご紹介したいと思います。

戦国時代の兜は、防御力や機動力を高める工夫と、戦場で自らの存在を誇示することが狙いで、さまざまなデザインの工夫をされています。
兜には、「立物」と呼ばれる装飾部分があり、前立、脇立、後立、など付ける位置で名称は変わります。

信仰やげん担ぎ、忠誠心・友情・信頼の証など武将たちが心を込めた兜の意味を知ったうえで、五月人形を選ぶのも良いと思います。


本日は直江兼続公です。



直江兼続は、越後(新潟県)の出身で、上杉家の家臣の子として生まれ、上杉景勝に家老(家臣の最高位)として仕えていました。
家臣として優秀であり、その才能は豊臣秀吉をも感心させ、「私の家臣にしたい」と何度も説得されたほどですが、兼続は「仕えるのは景勝だけ」と断っていたそうです。
また、関ヶ原の戦いのきっかけの人物としても知られており、直江兼続が徳川家康に書いた書状、「直江状」は有名です。

直江状とは、
豊臣秀吉の死後、家康は天下を取ろうとしていたため、上杉景勝に自分に従うよう求めましたが、兼続はこれを断り、家康のすることを悪く書いた手紙を送りつけます。
そして、家康は激怒し、景勝を攻めることを決め「関ヶ原の戦い」に発展しました。

上杉家は関ヶ原の敗戦後、120万石から30万石と、石高を4分の1に減らされ厳しい財政難になりますが、兼続は膨大な上杉家の家臣団を解雇することなく、新規の農業開拓を行い、家臣の家には柿や粟などを植えさせ人々の暮らしの助けになるよう配慮しました。
自らも筆頭家老でありながら石高を大幅に減らし、質素倹約に務めて上杉家が破綻しないよう尽力します。

さて、直江兼続の兜は、筋兜鉢で錣は古風な三枚側錣ですが、内側に上杉家独特の二重錣をつけています。前立てに瑞雲に愛染明王を表す「愛」の字が添えてあるのが特徴的です。

この「愛」の下には「雲」があります。
これは、この雲の上に、仏様の名前の1文字を載せることで長い名前を省略するという、当時の人が行っていたルールでした。
兼続の主君筋でもある上杉謙信が毘沙門天の「毘」の字を御旗に使っていたのと同じで、
「愛」の一字が雲の上にのっていること、謙信・景勝の兜も神仏を掲げることから、
兼続の兜は、仏法の守護神であり、軍神としても有名な愛染明王を表していると言われています。

愛染明王の前立ての「愛」のように、
主君を愛し、妻を愛し、友を愛し、ふるさとを愛し、民を愛する直江兼続です。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*
小木人形 人形のまち岩槻(五月人形、雛人形)
http://koboku.jp
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
〒339-0072 埼玉県さいたま市岩槻区古ヶ場2丁目1番3号
TEL.048-794-2964 FAX.048-795-0518 E-mail info@koboku.co.jp
*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆