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小木人形 戦国武将の兜に込めれた意味を知る 真田幸村公

■2018/04/10 小木人形 戦国武将の兜に込めれた意味を知る 真田幸村公
戦国時代に活躍した武将の兜をご紹介したいと思います。

戦国時代の兜は、防御力や機動力を高める工夫と、戦場で自らの存在を誇示することが狙いで、さまざまなデザインの工夫をされています。
兜には、「立物」と呼ばれる装飾部分があり、前立、脇立、後立、など付ける位置で名称は変わります。

信仰やげん担ぎ、忠誠心・友情・信頼の証など武将たちが心を込めた兜の意味を知ったうえで、五月人形を選ぶのも良いと思います。

本日は、真田信繁(幸村)公です。


信濃国(長野県)出身で、戦国期きっての天才的武将と名高いです。
大阪冬の陣では出城「真田丸」に籠り、鉄砲隊を率いて徳川勢に大打撃を与え、大阪夏の陣では家康の陣に3度突撃するなど、「日本一の兵(つわもの)」とも讃えられました。

真田幸村の兜は、「鹿の角」と「六連銭(六文銭)」が特徴的です。
「鹿の角」は、鹿が険しい山道を颯爽と駆け抜ける姿が神秘的な力を持つように見えたことからで、古くから神の使いとして大切にされてきたからだと言われています。
前立の「六連銭」とは、納棺の際に死後の平安を祈るために「三途の川の渡し賃」として棺に六銭投げ込む慣習から生まれたもので、戦死に対する覚悟の表明のためだと言われており、六文銭を兜に描くことで兵士に対する意思表明を行なっていたと考えられます。

また、真田幸村は赤が印象的ですが、これは赤備え(あかぞなえ)といい、戦国時代から江戸時代にかけて行われた軍団編成の一種で、使用する甲冑や旗指物などの武具を、赤や朱を主体とした色彩で整えた編成を指します。
戦国時代では赤以外にも統一された色備えがありましたが、当時の赤色は高級品である辰砂で出されており、戦場でも特に目立つため、赤備えは特に武勇に秀でた武将が率いた精鋭部隊であることが多く、後世に武勇の誉れの象徴として語り継がれました。
大坂夏の陣において真田幸村が自分の部隊を赤備えに編成したことで、「真田の赤備え」と言われています。

真田幸村は、2016年に大河ドラマ「真田丸」があったので認知度も高いですが、徳川家康のように歴史の表舞台で時代を作ってきた人ではないため、歴史の教科書に出てくることはあまりありません。
ですが、現在でも人気が高く語り継がれているのは、敵味方なく称賛される真田幸村の知力と人柄によるものでしょうか。


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