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小木人形 戦国武将の兜に込めれた意味を知る 上杉謙信公②

■2018/04/06 小木人形 戦国武将の兜に込めれた意味を知る 上杉謙信公②
戦国時代に活躍した武将の兜をご紹介したいと思います。

戦国時代の兜は、防御力や機動力を高める工夫と、戦場で自らの存在を誇示することが狙いで、さまざまなデザインの工夫をされています。
兜には、「立物」と呼ばれる装飾部分があり、前立、脇立、後立、など付ける位置で名称は変わります。

信仰やげん担ぎ、忠誠心・友情・信頼の証など武将たちが心を込めた兜の意味を知ったうえで、五月人形を選ぶのも良いと思います。

本日は、上杉謙信公の紹介の続きです。
(上杉謙信については、前回の記事で人物像等を紹介しているのでそちらをご覧ください。)


この兜の前立ての「飯綱明神像」は、背には翼を持った烏天狗の姿で、白狐に乗り火炎を背負って、右手には魔や因縁を断ち切る三鈷剣、左手には羂索という太い縄を持っています。

飯綱権現は、上杉謙信の領地内にある信濃国上水内郡(現 長野県)の飯縄山が発祥と言われる神仏習合の神です。
戦勝の神として信仰され、足利義満、管領細川氏(特に細川政元)、上杉謙信、武田信玄など中世の武将たちの間で盛んに信仰されました。

上杉謙信のライバルと言われる武田信玄は、戦の時にはいつも飯綱権現の小さな像を懐の中に入れて、守護神としていたと言われています。

上杉謙信の信仰の対象となる神仏は、「毘」の旗印であるように毘沙門天が有名ですが、1つではないことが分かります。
その時々に応じさまざまな神仏勝利を願っていたのかもしれません。

多くの戦国武将が自国の領地を広げるため戦ったのに比べ、上杉謙信は、無欲で領土的野心がなかったため、「自国に攻め入る脅威から領民を守る」「毘沙門天として世を統一して戦乱を鎮める」といった、私欲のための戦いではない純粋な情熱が感じさせる武将で、そこが魅力であると思います。
そして、前立にもその思いが表れています。

謀略の渦巻く戦国の世で、これほど謀り事に無縁だった武将は珍しいと言われていますが、戦いには実に強く、戦闘だけで戦国大名の地位を築いた稀有な武将です。

こちらの鎧兜は、上杉神社蔵 重要文化財です。


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